鏡よ鏡、鏡さん。どうしたら宮地さん好みの女の子になれますか。
心の内で尋ねてみてもいつも鏡は答えてくれることなく、いつだって相も変わらずどこか必死でまぬけな自分を映し出していた。…おとぎ話では魔法使いのおばあさんが綺麗にしてくれるはずなのに、現実というやつはなかなか非情なものだった。
でもだからこそ、今日は魔法を自分で自分に掛けてみた。ただでさえ彼より年下な私が子どもっぽいと思われないように、少しでも宮地さんに近付けるように、文字の通り背伸びした8センチのピンヒール。普段スニーカーやバレエパンプスを履いている私にとってそれは未知の世界であり、冒険であり、大人の象徴そのものだった。でもあまりにも慣れていなくて、2人で駅から映画館へ向かっている今でさえ時々カクッと足首を捻りそうになっているのだけれど、これは果たして誤魔化せているのだろうか。宮地さんに気付かれていなければいいのだけれど。
「(むしろそんな間抜けなところ気付かれてたら死ぬ)」
そんなことになったら、きっと宮地さんと目も合わせられない。どうかそんなばかな私に気付かれてませんようにと深々と祈りながら、こっそり隣の彼を盗み見た。魔法の効果で、世界がいつもよりも広く感じる。それに普段より目線が高いお陰で、隣で歩く宮地さんが近くてとても見やすい。ような気がする。…彼はずっとバスケをやっていたということもあってか随分と背が高いから、ただでさえ背が低い私は妙な焦りを感じていた。まるでその身長差が、大人と子供の差のように思えてしまっていたから。だからその差を少しでも埋めたくて、私。
「…どうした」
「あっ。い、いえ!」
どうやらこっそり視線を送っていたことに気付かれてしまったようだ。不思議そうにこちらを見やる宮地さんに慌ててなんでもないと否定すると、宮地さんはますます首を傾げる。…誤魔化す意味もかねて、何か話題を振らなくては。咄嗟にそう考えた私は、慌てて何か話題はないかと頭をフル回転させる。
…何か。何かないものか。
別に特別話が弾まなくてもいいから、とりあえずこの空気を誤魔化せるもの。何か。何か。ええと、今から見る映画の話とか?…そうやって、前もろくに見ずに考え込んでしまったからだろうか。履き慣れていないヒールがつんのめったお陰でうっかりバランスを崩し、その勢いを殺せぬまま前方へ重心が傾いてしまった。
「(転ぶ!)」
瞬間的にそう察知した私は、それを阻止せんと言わんばかりに慌てて身近のものを掴む。そのお陰でなんとか無様な姿を見せずに済んだらしい。ほっとしたのも束の間、それが宮地さんの左腕だったことに気がついてしまったものだから、どうしたらいいのか分からず全身の体温を急上昇させるしかない。慌てて手を離したものの、誤魔化しようのないこの状況。…やってしまった!
「す、すみません!」
「いや、いいけど…大丈夫かよ」
覗きこむんできた宮地さんを前にしては、もうこの熱い顔を必死にこくこくと縦に頷かせるしかない。は、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。ヘマをやらないようにと必死に神経を尖らせていたと言うのに、こんな失態を仕出かしてしまうだなんて。自分から手なんて繋いだことすらないのに、まさか腕を組んでしまうとは。穴があったら埋まりたい。なくても掘って埋まりたいと半泣き状態になっていると、宮地さんは「……あー…」とどこか気まずそうな声で、まるで何かを誤魔化すような独り言を溢して言った。
「…ん」
そんなぶっきらぼうな言葉と一緒に差し出された左手に、意図が分からずじっと見つめてしまう。…なんだろう。おっきな手の平だなあ、なんてのんびりと考えながらそっと宮地さんに視線を移すと、彼は気恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。
…なんだろう。また手のひらをじっと見つめていると彼は、「……だ、だからさ」となんで分からないんだと言わんばかりに口を開いた。その声は、気恥ずかしさからどこか八つ当たりをしているようにも聞こえる。
「なんか今日の、歩き方もぎこちねえし遅いし。…まあ多分普段履いてないヒールのせいなんだろうけど」
「(気付かれてた!)」
突然指摘の嵐が降ってくるとは予想していなかったせいなのか、余計に心に刃が突き刺さる。恥ずかしいのと申し訳ないのと感情が綺麗に混ざり合ってどう反応したらいいのか分からず呆然としている私をよそに、宮地さんは続ける。
「なんかフラフラしてんなと思ってたらこけるし危なっかしいしで見てられねえし」
これは私は指摘されていると言うより怒られているんだろうか。徐々に罪悪感が心を覆い尽くしそうになっている。いつの間にか俯いてしまいそうな私に、「だから」と前置きして言った。
「…………手貸せって言ってんだよ」
突然小声になってやたら早口になった彼は相変わらず目は逸らしたまま、しかし耳は随分と赤くなっていた。初めて会ったその日から、照れるとすぐに耳に出る彼の癖。年上の彼なのにそれがひどくかわいらしいと思ってのはそのときだけじゃない。今だって、それを見つければつい笑みが零れてしまうのだから。…そう。つまり彼は、手を繋ぎましょうと言っているのだ。
「…おい」
何笑ってんだ。そう言わんばかりに眉間に皺を寄せた彼に「すみません」と返すものの変わらず頬を緩ませている私に、ますます居心地の悪くなったらしい。宮地さんは不貞腐れたような目をしている。しかしずっと差し出し続けているその手は、まるで「いいから早く手を重ねろ」と言っているようだった。
宮地さんはいつだって優しくて少し不器用で、それでいてどこかかわいい人だった。なんだか嬉しくなって、ほにゃっと緩みきった頬を誤魔化すように少し俯く。そうしてゆっくりと右手を出してみるものの、急に緊張の波がやってきたせいで彼の手を自分から繋ぐことに躊躇い、そっと指先に触れることくらいしか出来ない。そんな私をじれったく思ったのか、はたまたとろいと思ったのか。宮地さんはこちらを待つことなく引っ張るように半ば無理矢理右手を掴むように包み込んでしまった。
「あっ」
思わず間抜けな声を出して大袈裟に反応してしまう私に、彼は構うことなく手を引っ張ってぐいぐいと前に進んでしまう。しかし彼は怒っているわけではないと分かるのは、先程より更に赤みを増した耳たぶが覗いているからだ。加えて慣れないヒールを履いている私を気遣ってか、そのスピードはいつもより明らかに遅い。だからその優しさにお礼を言う代わりに繋いだ手をぎゅっと握り返しては、弾んだ声で彼に話し掛けてみた。
「宮地さん。宮地さん。映画、楽しみですね」
「…ん」
「でも宮地さんがディズニー映画見たいって、ちょっと意外でした」
「なっ!おま!…それはその…」
慌てたような声で振り返った宮地さんは反論か何かで口を濁したもののうまく言いきれない何かがあったらしく、最終的に左隣にいる私とは正反対の方向に目を逸らしている。もしかしたら、男がディズニー好きなんて恥ずかしいと思っているのかもしれない。全然そんなことないのになあと思いつつほわほわしていると、宮地さんは何かに負けたように呟いた。
「……それは前に、お前が見たいって言ってたから…」
「えっ」
まさか爆弾を投下されるとは思わなかった!しかしそれは防御することなくそのままぼふんと私の中で爆発してしまったものだから、「あっ」とか「その」だとかそんなよく分からない言葉しか出てこない。うまい返しが思いつかず今度は私が視線をあちこちに泳がせて、でも何か返さなくてはと口を開いたものの、言葉が出てこなくてそのまま俯いた。
「……お、覚えててくださって、ありがとうございます…」
「…礼言うな。こっちが恥ずかしくなってくる」
「す、すみません…」
タイミングが良いのか悪いのかこの状況で信号に捕まり2人ならんで立ち止まってしまったものだから、お互い何を話したらいいのか分からず文字通り立ち尽くしてしまった。大きな交差点はすでに信号に捕まった人だかりが出来ていて、そんな中こうして手を繋いでいる事実が恥ずかしくなってきて、でも離したくはなくて、宮地さんはどうなのかと右隣を見上げてみたくなったけれど、なんとなくはばかられて真っ直ぐに赤信号を見つめてみる。すると沈黙に耐えかねたのか、宮地さんがふいに声を掛けて来てくれた。
「…足。痛くなってねえの?」
「あ。は、はい!なんとか。ありがとうございます」
絆創膏いっぱい貼って、靴擦れ防止してきましたので!なんて言えるはずもない。けれど宮地さんは、この背伸びした魔法をどう思っているのだろう。遅いし鬱陶しいって思ってるのかな。それともヒールのお陰で身長差が少し縮まっていつもより近い距離にいることを嬉しいと思ってくれていたりするのかな。…なんとなく、いや、間違いなく前者な気がしてならないけれど。…今後はやっぱりこういう背伸びは控えようかな。宮地さんに迷惑を掛けちゃだめだ。今回は手を繋げて結果的にはとてもラッキーだったけれど、いつも気を遣わせちゃいけない。するとその心を読んだかのように宮地さんは「なんとなくだけど」と続ける。
「突然ヒール履いてきた理由は分かるけど、俺は別に無理に大人ぶってるをすきになったわけじゃねえし、無理させたくねえし」
「(……………)」
まるで、てめえはどう足掻いても歳下には変わりなくてガキなんだよと言われているような気がして俯いた。きっと宮地さんはそういう意味で言った訳じゃないと頭では分かっているけれど、どうでもしていないとどうしても喉の奥がぎゅうっと詰まって、しまいには泣いてしまいそうだったから。
「──あ、いや、別にそういう意味じゃなくて!」
しょげていた私に気がついてしまった宮地さんは、慌てて弁解するように、なんていうかだなあ、と語尾を濁した。そうして彼はわざとらしく咳払いして、気まずそうに目を逸らしたまま小さく呟く。
「…俺は、すきなものに目キラキラさせて嬉しそうに笑ってるお前に惚れたんだから、そのままでいてくれよっていうか…それだけでいいっていうか…」
照れるとすぐに耳が赤くなる可愛い癖をまた見せた宮地さんは、ついに我慢の限界を迎えたらしい。暫く黙り込んだと思ったら、「だから、お前はなんでこういうハズいことばっか言わせんだよ…」とうな垂れるように言った。
慌ててすみませんと謝って俯いたものの、しかしこれはこれで言われるこちらも恥ずかしいです宮地さん。そもそもそんな言わせてやろうとかそういうつもりはなかったのだけれど。
「でもね、宮地さん。あの、私ね。すごくしあわせです」
ほにゃっと緩み切った頬はきっと誰から見ても間抜け面に違いない。それでも宮地さんは少し嬉しそうに目を細めては繋いだ手をぎゅっと握ってくれたから、私はまたばかみたいに笑っているのでしょう。
20150201 Confessione様提出 / 朱臣さくら